「好みが違う人間は理解しにくい」——幸田露伴が語る、人間関係の“すれ違い”を超える知恵

「好みが違う人間は理解しにくい」とは

幸田露伴は『努力論』の中で、人間の努力・成長・精神性だけでなく、人間関係の難しさにも深い洞察を残しています。
この章「好みが違う人間は理解しにくい」では、人の“好み”が生むすれ違いについて次のように語っています。

「人の好みには善悪はないし、賢いとか愚かということもない。
しかし、高級か低級かという差はある。
その差があると、どうにもかみ合わない。
Aの喜ぶものはBが気に入らないものであったり、
Bの称賛するものはAにはそのよさが理解できないものであったりする。」

露伴は、人間同士が分かり合えない原因の一つを「好み」に見出しました。
それは、理性や道徳の問題ではなく、感性のズレによるものです。

「好み」は理屈では説明できない

露伴はまず、「好み」に善悪や優劣をつけてはいけないと述べています。
好みとは、その人の生まれ育ちや経験、感受性、価値観から自然に形成されるものであり、
理屈ではコントロールできない領域だからです。

たとえば、

• Aさんは静かな古典音楽を好むが、Bさんは激しいロックを愛する
• Aさんは伝統工芸に心を打たれ、Bさんは最新テクノロジーに夢中になる

どちらが正しいわけでも、間違っているわけでもありません。
露伴の言う「好みに善悪はない」とは、まさにこのことです。

しかし——問題は、その好みの差がコミュニケーションを難しくするという点にあります。

「感性のズレ」は人を遠ざける

露伴は、こうも述べています。

「Aの喜ぶものはBが気に入らないものであり、
Bの称賛するものはAにはそのよさが理解できない。」

つまり、感性が異なると、相手の喜びや価値を共有できない。
これこそが、人間関係のすれ違いを生む根源です。

たとえば、

• 相手の趣味を「くだらない」と感じる
• 自分が感動した話を相手が冷たく流す
• 同じ経験をしても感じ方がまったく違う

そうした小さな違いが積み重なり、やがて「この人とは合わない」という印象になる。
露伴は、この“感性の衝突”を非常に繊細に捉えていました。

「好みの違い」を理解するのは至難のわざ

露伴は率直にこう言い切ります。

「自分と好みが違う人のことを理解するのは本当に至難のわざである。」

この一文には、露伴の人間観が凝縮されています。
つまり、他人を理解することは本質的に難しいということです。

私たちはつい「分かり合えるはず」と信じたくなりますが、
実際には、感性・文化・経験・性格が異なる限り、完全な理解は不可能です。

露伴は、その現実を冷静に受け止めたうえで、
「理解できなくても、否定せずに受け止める」ことが成熟だと暗に示しているのです。

「理解」よりも「尊重」を

露伴の言葉を現代の人間関係に置き換えるなら、
私たちは「理解する」よりも「尊重する」姿勢を大切にすべきです。

他人の好みを自分と同じ基準で測るのではなく、
「この人にはこういう世界の見え方があるのだ」と受け止める。

それが、衝突を避け、良い関係を築く第一歩になります。

心理学の世界でも、「人は自分の感情や好みを基準に他人を評価する傾向がある」と言われます。
しかし、露伴のように一歩引いて「好みは違って当然」と考えられる人ほど、
人間関係でストレスを抱えにくいのです。

好みの違いを超える3つの実践

露伴の思想を現代に応用するなら、好みの違いを超えて関係を築くためのヒントは次の3つです。

① 相手の「好き」に興味を持つ

自分には理解できなくても、「なぜそれが好きなのか？」を聞いてみる。
好みの背景には、その人の人生や価値観が隠れています。

② 「否定語」を封印する

「理解できない」「つまらない」「くだらない」といった言葉を控えるだけで、
相手との距離は大きく縮まります。

③ 共感より“共存”を目指す

全てを理解する必要はありません。
お互いの違いを認め合い、共にいられる関係こそ成熟した人間関係です。

まとめ：理解できなくても、認めることはできる

幸田露伴の「好みが違う人間は理解しにくい」という言葉は、
シンプルながら、深い人間洞察に満ちています。

• 好みに善悪はない
• 感性の違いは衝突を生む
• 理解は難しいが、尊重することはできる

露伴が教えてくれるのは、「違いを受け入れる勇気」こそが人間の成熟であるということ。

他人の好みを理解できないとき、それは心を閉ざす理由ではなく、
むしろ「人の多様さ」を学ぶ機会です。

好みが違うからこそ、世界は豊かになる。
露伴のこの短い一節は、現代の多様性社会にこそ必要な“寛容の哲学”を静かに語っています。

TAKA

理学療法士/ビール

YouTubeContact

理学療法士として臨床に携わりながら、リハビリ・運動学・生理学を中心に学びを整理し発信しています。心理学や自己啓発、読書からの気づきも取り入れ、専門職だけでなく一般の方にも役立つ知識を届けることを目指しています。