ストア派の哲学者エピクテトスは『提要』で次のように述べました。
「第一に、次の習慣を身につけたまえ。何か不快な考えが心に浮かんだら、そいつに向かって言ってやるのだ。『お前はしょせん、見せかけだけのイメージにすぎない』……」
つまり、心に浮かぶ印象や感情をそのまま受け入れるのではなく、冷静に吟味し、必要でなければ退ける姿勢を持てということです。
「直感を信じる」の落とし穴
現代社会では「直感を信じよ」「心の声に従え」というメッセージをよく耳にします。スピリチュアルな指導者は「身体の感じるままに行動せよ」と説き、豪胆なリーダーは「直観に従った」と語ります。
しかし心理学や行動経済学の研究は、こうした直感的判断がいかに誤りやすいかを示しています。
- ヒューリスティクス:複雑な状況を単純化する経験則(便利だが誤りを生む)
- バイアス:認知の偏り(楽観・悲観・先入観に流されやすい)
- 感情的反応:瞬間的な怒りや不安が判断を歪める
これらは進化の過程で役立った仕組みかもしれませんが、現代の複雑な社会では逆効果となることが多いのです。
ストア派のアプローチ ― 印象を吟味する
エピクテトスがすすめるのは、自分の印象をそのまま信じるのではなく、「検証」する習慣です。
具体的には次のステップが役立ちます。
- 印象を一歩引いて眺める
「これは単なるイメージにすぎない」と自覚する。 - 基準に照らす
それが自分の力で変えられることかどうかを確認する。 - 関係ないものは退ける
自分の力の外にあることなら「私には関係ない」と心で言う。
この態度を続ければ、無駄な感情に振り回されることが減り、理性的に行動できるようになります。
若気の至りから学ぶ
多くの人が経験するのは、「あのときは正しいと思ったのに、後で大きな間違いだった」と気づくことです。
- 感情のままに人間関係を壊してしまった
- 勢いで投資や買い物をして後悔した
- 不安に駆られて行動し、かえって事態を悪化させた
これらは「印象を検証せずに行動した」典型例です。
まとめ ― 信じよ、だが確かめよ
エピクテトスが教えるように、印象や感情は信じてもいい。
しかし、そのまま鵜呑みにせず、必ず確かめる習慣を持つことが、理性に従った人生への第一歩です。
「信じよ、だが確かめよ」――この知恵を日常に取り入れることで、偏見や錯覚から自由になり、賢明で落ち着いた判断を下せるようになるでしょう。