「やわらかみ」と「あたたかみ」をもて|幸田露伴『努力論』に学ぶ、人を育てる優しさと器の大きさ
成熟した人に必要なのは「やわらかみ」と「あたたかみ」
幸田露伴は『努力論』の終盤で、努力や学問の話からさらに一歩進み、
人間としての心のあり方を語ります。
「人間の性格にはいろいろなものがあるが、なるべくなら『やわらかみ』と『あたたかみ』をもちたいものだ。」
露伴の言う“やわらかみ”とは、柔軟さ・包容力・思いやり。
そして“あたたかみ”とは、誠意・優しさ・愛情のこと。
知識や努力だけでなく、人を思いやる心こそが人間の本当の価値であると、露伴は語っています。
それは単なる温情主義ではなく、人を育て、環境を良くする力でもあるのです。
「助長の作用」と「剋殺の作用」
露伴は、人の行動には2つの性質があると説明します。
「物事を助け育てるという『助長の作用』は行っても、
物事を切り刻んで殺してしまうような『剋殺の作用』だけは行いたくない。」
“助長”とは、成長を助ける行為。
一方、“剋殺(こくさつ)”とは、相手の可能性を潰してしまう行為を指します。
これは、人間関係でも教育でも、仕事の指導でも同じです。
たとえば、部下や後輩の成長を促す上司がいる一方で、
ミスを責めすぎてやる気を奪ってしまう上司もいる。
露伴が言う“剋殺”とは、まさにこのように他者の芽を摘み取る言葉や態度のことです。
それに対して“助長”は、相手の中にある力を信じて育てる行為です。
朝顔の苗に学ぶ「助長の心」
露伴は、朝顔の苗を例にしてこの考えを具体的に説明します。
「朝顔の苗が根付いたとすると、それに適度な水と肥料を与えてやる。
つるが伸びてきたら、それが巻きつけるような柱を立てて倒れないようにしてやり、
ていねいに害虫を取り除いてやるのが『助長』だ。」
つまり、「助長」とは、相手の成長を助けるための思いやりと工夫です。
露伴のこの描写は、人を育てる場面にそのまま置き換えられます。
- 子どもに過剰な期待をかけず、のびのびと育てる。
- 部下や学生に安心して挑戦させる。
- 友人の夢を否定せず、応援する。
それが“助長の心”です。
一方で露伴は、次のような行為を「剋殺」と呼びます。
「理由もなく芽を摘み取ったり、葉をむしり取ったりして成長を阻害するような行い。」
それは、人の可能性を信じず、感情的に批判したり、
小さな失敗で判断したりすること。
このような“剋殺の心”は、本人の努力だけでなく、周囲の成長の芽まで枯らしてしまうのです。
やわらかさとあたたかさは「人を育てる力」
露伴のこの教えは、教育者・指導者だけでなく、
すべての人間関係に通じる普遍の哲学です。
“やわらかみ”と“あたたかみ”を持つ人は、
相手を変えようとせず、相手の成長を信じて支えることができます。
それは単なる優しさではなく、成熟した強さです。
やわらかみがあれば、相手の意見を受け止められる。
あたたかみがあれば、相手の苦しみを理解できる。
この2つの力が、人間関係の信頼を生み出します。
「剋殺の人」は、結局自分を傷つける
露伴は、他人を“剋殺”する人は、結局は自分の心も冷たくなると警告します。
相手を批判し、否定し、潰す行為は、
一見強そうに見えて、実は心を硬く、冷たくしていく。
その結果、人望を失い、周囲からも孤立してしまう。
露伴の言葉を借りれば、
「剋殺の心は、人も物も枯らす」――まさに現代にも通じる真理です。
人間の本当の強さとは、他者を支配することではなく、
他者を生かす力を持つこと。
それが“やわらかみとあたたかみ”の本質なのです。
現代に活かす「助長の心」3つの実践法
露伴の「やわらかみとあたたかみをもて」を、現代社会で実践する方法を3つ紹介します。
- 相手の成長を“信じて待つ”
すぐに結果を求めず、時間をかけて育てる。
焦りや支配ではなく、信頼こそが助長の根本です。 - 批判よりも提案をする
否定の言葉ではなく、「どうすれば良くなるか」を一緒に考える。
それが、芽を摘まない指導法です。 - 感情を柔らかく整える
冷たい言葉は剣になり、あたたかい言葉は光になる。
話す前に一呼吸置くことで、心に“やわらかみ”を取り戻せます。
「やわらかみ」と「あたたかみ」は努力の最終形
『努力論』の最初の章では「人間は努力するように生まれてきた」と語られ、
中盤では「努力の方向」「精密さ」「深さ」が論じられました。
そして最終章に近づいたこの「やわらかみとあたたかみ」は、
努力の到達点=人格の完成を意味します。
努力を重ねて知識を得ても、
人を冷たく批判するだけでは意味がない。
本当に尊い努力とは、他人を生かし、自分も柔らかく生きる力を得ることです。
それが、露伴の描いた“人間としての理想像”なのです。
まとめ:人を咲かせる人になろう
幸田露伴の「やわらかみとあたたかみをもて」は、
厳しさと優しさを兼ね備えた人間の美しさを教えてくれます。
- 「やわらかみ」= 相手を包み込む柔軟さ。
- 「あたたかみ」= 相手を育てる温かさ。
この2つを持てば、あなたの周りに自然と人が集まり、
その中で共に成長していけるようになります。
朝顔の苗のように、
人も環境も“支え方”次第で大きく花を咲かせる。
露伴のこの章は、努力の最終目的は「人を生かす優しさ」であるという、
静かで力強いメッセージを私たちに残しています。
