痛みは臨床で最も多い訴え
リハビリテーションに携わるセラピストにとって、患者からの「痛い」という訴えは日常的なものです。しかし、その「痛み」の正体を突き止め、適切な治療へとつなげることは決して容易ではありません。
たとえば、腰椎のMRIで椎間板変性が確認されたとしても、それが必ずしも痛みの原因とは限りません。診断名に基づくだけのリハビリでは不十分であり、患者の状態を評価し、問題点を明確化したうえで治療計画を立てる必要があります。
セラピストの臨床における役割は大きく分けて以下の通りです。
- 患者の状態を評価する
- 問題点を抽出する
- ゴールを設定する
- プログラムを立案しアプローチする
この流れの中で最も重要なのが「問題点の抽出」です。ここを誤れば、その後の介入は意味をなさなくなってしまいます。したがって、痛みに対する基礎知識と評価方法の理解は欠かせません。
国際疼痛学会による「痛みの定義」の改訂
2020年、国際疼痛学会(IASP)は1979年以来41年ぶりに「痛みの定義」を改訂しました。
その中で重要な変更点として、**「痛みと侵害受容は異なる現象」**であることが明記されています。つまり、感覚ニューロンの活動だけでは痛みを説明できず、痛みは常に「個人的な経験」であることが強調されました。
痛みは心理的・生物学的・社会的要因の影響を受け、単なる生理学的反応にとどまらないということです。
痛みの多面性:3つの側面
痛みは一元的な現象ではなく、**「感覚的」「情動的」「認知的」**という3つの側面を持っています。
- 感覚的側面
痛みの部位、強度、持続時間といった「痛みそのもの」を識別する感覚的経験。臨床で患者が「鋭い痛み」「鈍い痛み」などと表現する部分です。 - 情動的側面
痛みに伴う不安、恐怖、抑うつといった不快な情緒的反応。情動の不快体験そのものが痛みの一部であるとも言えます。 - 認知的側面
過去の経験や記憶、予測、注意など、痛みに意味づけを与える側面。同じ刺激でも「危険だ」と認識すれば痛みは強くなり、「大丈夫」と思えば軽減することがあります。
これらが複雑に絡み合って「痛み」という主観的体験が形成されるため、治療においては感覚的側面だけでなく、情動や認知への介入も求められます。
臨床家に求められるアプローチ
痛みを理解するうえで重要なのは、「痛みは主観的な現象」であることを忘れないことです。同じ画像所見を持つ患者でも、痛みの強さや生活への影響はまったく異なります。
臨床で意識すべきアプローチは以下の通りです。
- 感覚的側面へのアプローチ:評価・徒手療法・運動療法・物理療法など
- 情動的側面へのアプローチ:患者教育、安心感を与えるコミュニケーション、心理的サポート
- 認知的側面へのアプローチ:痛みに関する正しい情報提供(Pain Neuroscience Education)、誤った信念の修正
とりわけ重要なのは、疼痛誘発組織の特定だけでなく、患者の「痛み体験」に寄り添い、全体像をとらえたうえで治療戦略を立てることです。
まとめ
- 痛みは患者が最も多く訴える症状のひとつである
- 2020年のIASP定義改訂で「痛みは侵害受容とは異なる」と明記された
- 痛みには感覚・情動・認知の3つの側面がある
- 臨床家は疼痛誘発組織の評価に加え、心理社会的要因にも配慮した治療が必要
痛みは単なる「症状」ではなく、患者一人ひとりの人生や経験と密接に結びついた現象です。理学療法士・作業療法士はその複雑さを理解し、個別性のあるアプローチを行うことで、患者の生活の質を高めることができるでしょう。