政治・経済

拡大解釈の果てにある憲法改正の危うさ

taka

安保法制10年の節目と拭えない違和感

安保関連法の施行から10年という節目を迎え、メディアでは様々な報道がなされている。ある記事では「国会の監視機能強化を求める声」が上がっていると報じられたが、本質的に求められているのは「政府に対する監視の強化」であるはずだ。近年、中東情勢の悪化などの国際的な危機に乗じて不安を煽り、憲法改正へと世論を誘導しようとする動きが目立つ。こうした、いわばショック・ドクトリンともいえる政治手法には、強い違和感を覚えざるを得ない。

なし崩し的に進む法解釈の拡大

政府はこれまで、自衛隊の任務を「整理した」と説明してきた。しかし実態は、集団的自衛権の一部容認に始まり、「存立危機事態」の枠で対応できなければ「武力攻撃事態」や「重要影響事態」と、政府の都合に合わせて次々と新たな枠組みを付け足してきた歴史である。法の壁にぶつかるたびに新しい抜け道を作り出し、都合よく運用範囲を広げていく。これは法整備というよりも、憲法9条の恣意的な拡大解釈であり、法の精神をねじ曲げてきたといえる。

時の政権に委ねられる巨大な裁量

自衛隊による他国艦船の護衛実績が重なり、同盟国との信頼関係が向上したと評価する声もある。だが、それが本当に不可欠な措置だったのかは冷静な検証が必要だ。さらに懸念されるのは、台湾有事などにおいて「存立危機事態」の認定があり得ると政府が示唆している点である。本来であれば極めて限定的であるべき重大な判断が、時の政権の巨大な裁量、つまり閣議決定一つで事実上左右されてしまう現在の仕組みは、あまりにも危ういと言わざるを得ない。

今、憲法改正を誰に託すべきか

時代の変化に伴い、憲法の議論自体を完全に否定するつもりはない。現実に即して変えるべき点があるのなら、議論を深めること自体は健全なプロセスである。しかし最大の問題は、「誰がそれを主導するか」である。これまで自らの都合に合わせて解釈を拡大し、法の抜け道を探すことでその場をやり過ごしてきた勢力に、国の最高法規である憲法の改正を委ねてよいのだろうか。憲法改正が現実味を帯びる今だからこそ、私たちはより一層の警戒を持たねばならない。

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ABOUT ME
TAKA
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理学療法士/ビール
理学療法士として臨床に携わりながら、リハビリ・運動学・生理学を中心に学びを整理し発信しています。心理学や自己啓発、読書からの気づきも取り入れ、専門職だけでなく一般の方にも役立つ知識を届けることを目指しています。
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