大腿二頭筋短頭の炎症を考える:評価と治療戦略のポイント
はじめに
ハムストリングス障害と聞くと、多くの臨床家は「大腿二頭筋長頭の肉離れ」を思い浮かべるでしょう。しかし、大腿二頭筋短頭の炎症や損傷は見落とされやすく、特にスポーツ選手の持続的な大腿後面痛の原因として注目されています。
今回取り上げるのは、大腿二頭筋長頭腱と短頭が合流する筋腱移行部に炎症を認めた症例です。このケースを通して、評価と治療戦略を整理していきます。
炎症の臨床所見と画像所見
炎症部位には明確な圧痛点があり、触診で局所的な痛みを再現できました。
超音波画像上では、ドプラ反応による血流増強が確認され、組織レベルでの炎症反応が進行中であることが示唆されました。
このようなドプラ陽性所見を認める場合、局所的な軟部組織損傷や修復活動が生じている可能性があります。疼痛の主因は、この筋腱移行部に起因すると考えられます。
疼痛誘発動作の意義
症例では、膝関節を内反させたまま伸展強制を行うと疼痛が再現しました。
この動作は大腿二頭筋短頭に対して過剰な張力を与え、侵害刺激として作用していると推測されます。
大腿二頭筋短頭は、長頭とは異なり大腿骨後面から起始し、股関節には関与しない単関節筋です。そのため、膝関節の運動方向や下腿アライメントの影響を強く受ける点が臨床上の特徴です。
ドプラ反応の読み解き方
理学療法評価において、ドプラ反応をどのように解釈するかは治療方針を大きく左右します。
- 急性炎症の場合:
血流増加は炎症反応によるものであり、組織の修復よりも破壊過程が優位。
この段階では安静と負荷コントロールが最優先となります。
無理なストレッチや徒手療法は、症状を増悪させる危険があります。 - **修復過程(亜急性期〜慢性期)**の場合:
血流増加は組織修復の一環と考えられ、適度な刺激や荷重再開が促進要因となります。
圧痛や軟部組織の厚みをモニタリングしながら、漸進的な負荷再導入を検討します。
ドプラ反応を「炎症のサイン」とだけ捉えず、時期と臨床経過の文脈で解釈することが重要です。
臨床推論と治療方針の立て方
治療戦略を構築する際は、以下の3点を意識して病態を整理します。
- 疼痛発症の時期と経過
→ 発症直後の急性反応か、回復期の修復段階かを把握。 - 圧痛の局在と深さ
→ 筋腹よりも腱移行部の痛みなら、ストレス集中を考慮。 - 運動時痛の再現動作
→ 痛みを誘発する肢位・方向から、どの線維にストレスがかかるかを推定。
これらを基に、超音波所見を補助情報として治療方針を決定します。
急性期では安静・支持・アイシング、修復期以降では等尺性収縮や神経筋制御の再教育を段階的に導入することが推奨されます。
まとめ
大腿二頭筋短頭の炎症は、長頭と異なる解剖学的特徴を持つため、評価と治療において特別な視点が求められます。
ドプラ反応を「炎症」か「修復」のどちらと捉えるかで、アプローチが大きく変わります。
発症時期や臨床経過を丁寧に読み解き、組織の状態に応じた負荷調整を行うことが、回復を最短化する鍵となるでしょう。
