膝関節治療における使い分け:疾患名だけに頼らないセラピストの臨床思考
はじめに
医師からセラピストに治療依頼が出される際、多くの場合「疾患名」が記載されています。しかし、実際の治療方針は疾患名だけで決めるものではありません。膝関節やその周囲組織が「今どのような状態にあるのか」を正確に評価し、その状態に応じた介入を行うことが、臨床効果を高めるうえで不可欠です。
ここでは、膝関節および周囲の代表的な8つの状態について、その特徴と適切な治療法の使い分けを整理します。
① 筋緊張
攣縮した筋は筋内圧が高まり、血流が停滞して局所的な虚血が生じます。その結果、発痛物質が生成され、圧に対する感受性が高くなります。また、筋紡錘行部への持続的伸張刺激によって異常な筋収縮が引き起こされます。
対応:
- 筋内圧を下げ、血流を改善するリラクゼーションが有効
- 反復的な等尺性収縮(例:MMT2レベル程度の自動介助動作)で筋の緊張を緩和
② 筋短縮
筋短縮は筋節数の減少や組織硬度の上昇によって生じます。伸張位では抵抗が強く、短縮位では弛緩するのが特徴です。組織硬度が高い筋は圧感受性も高くなります。
対応:
- ストレッチングによる筋伸張が効果的
- 収縮によって筋内圧が下がるため、2〜3秒間の等尺性収縮を併用するとストレッチ効果が増す
③ 結合組織間癒着
外傷や手術後の瘢痕形成によって組織間に癒着が生じ、滑走運動が制限されます。近位・遠位の滑走が妨げられることで関節可動域や機能に影響を与えます。
対応:
- 組織間リリース
- ダイレクトストレッチング(direct stretching)による伸張
④ 関節包縮小
炎症後、関節包が肥厚し縮小することで可動域制限を生じます。膝関節では特に伸展・屈曲制限として顕在化します。
対応:
- 関節モビライゼーション
- 反復的な伸張刺激を関節包に与えることで可動性を改善
⑤ 筋出力不足
筋力低下とは異なり、筋は存在するが適切に力を発揮できない状態です。疼痛、水腫、関節不安定性などが原因で神経筋伝達経路が不十分になることで発生します。
対応:
- 筋の再教育(適切な関節肢位を設定)
- 筋紡錘を興奮させるため、素早い伸張刺激を加えると出力が増加
- 拘縮筋には起始・停止に沿った操作、弛緩筋では線維全体を考慮した操作が必要
⑥ 筋力低下
外傷性・廃用性・関節障害など多様な要因によって生じ、筋萎縮を伴います。特に関節障害では周囲筋が萎縮しやすく、膝関節周囲筋の筋量低下が著明になるケースも少なくありません。
対応:
- 長期間にわたる筋力増強練習
- 漸増的に負荷を加える運動療法
⑦ 不良姿勢
膝関節の伸展制限があると、立位時に骨盤が後傾し、重心が後方へシフトします。その結果、伸展機構が緊張し、身体機能全体が低下します。
対応:
- 関節性・閉鎖性運動連鎖を利用して支持性・安定性を改善
- 臥床位からのセッティングやSLR(Straight Leg Raising)で姿勢改善を図る
⑧ マルアライメント
膝関節の捻れや筋力低下により、近位・遠位関節への運動連鎖が崩れ、マルアライメントを引き起こします。これが膝関節痛を進展させ、全身の不調へ波及することもあります。
対応:
- インソールの活用
- 拘縮や筋力低下の改善と併用することで全身アライメントを整える
まとめ
膝関節治療では、疾患名に基づいたマニュアル的介入ではなく、関節や周囲組織の状態を評価して治療法を使い分けることが求められます。
- 筋緊張 → 等尺性収縮によるリラクゼーション
- 筋短縮 → ストレッチングと収縮の併用
- 関節包縮小 → モビライゼーション
- 筋出力不足 → 筋再教育と伸張刺激
- 筋力低下 → 長期的な筋力強化
- 不良姿勢・マルアライメント → 姿勢再教育と補助具
セラピストが状態に応じて治療法を的確に使い分けることは、疼痛軽減や機能回復を最短で実現するカギとなります。
